人生を少し豊かにするブログ

昨日より少し人生が豊かになったな、と思うことを書いていきます。

「超」入門 相対性理論

『「超」入門 相対性理論」(福江純)を読みました。
 
何でか覚えていませんが妻と相対性理論の話になったときに特殊相対性理論一般相対性理論の違いも覚えていなかったので、これはまずいなと思っていたところ、Kindleのセールで安くなっていたので買いました。次は小説を読むとか言ってブルーバックスを読んじゃいました。(三国志を買ってあるので念のため)
 
ちなみにこれはこの本で知ったことではないのですが、相対性理論が最初に日本に入ってきたときに、恋愛指南書だと思って買った若い世代が多かったらしいです。つまり、相対する性の理論だと。本当ですかね。
 
さてこの本は、相対性理論の解説書というよりはある種の読み物でした。相対性理論に深く切り込んでいくというよりも、相対性理論以前のニュートン的な物理学はこうだったのが、相対性理論はこういう理論で、それが登場したあとの物理学はこういう展開をした、という、半ば物理学史のような本でした。素人には読みやすい一方で、相対性理論を深く知りたいなら他の本で勉強する必要があり、まさに「超」入門でした。
 
まず感じたのはやっぱり学問に王道なしということで、平易な解説で理解しようとするのは無理がありました。というか、ある程度までいくと「なぜこうなるか」という問いが意味を持たなくなるという自然科学のスタンスにどうしても馴染めないというところもあります。どこまで考えるべきで、どこからは考えるだけ無駄なのかよくわからない。高校の物理で20点とかだった私にはこれが限界ですかね。高校生に戻れるならちゃんと基礎から勉強して、理解できるようになりたいです。
それにしても、アインシュタイン発想の転換、つまり絶対的な存在は時間でも空間でもなく光の速さなのだというのは、後から考えればあり得なくもない発想にも思いますが、やっぱりわけがわかりません。世の中に常識などというものはない、ということですかね。常識を破るには常識を極める必要がありますね。

「失敗の本質」と戦略思想

『「失敗の本質」と戦略思想 ー 孫氏・クラウゼヴィッツで読み解く日本軍の敗因』(西田陽一、杉野尾宜生)を読みました。

https://www.amazon.co.jp/「失敗の本質」と戦略思想-ちくま新書-西田-陽一/dp/4480072780/ref=sr_1_1?__mk_ja_JP=カタカナ&dchild=1&keywords=失敗の本質と&qid=1600443980&sr=8-1



新書一冊読むのに何日かかってんだか…と思いますが、これまで大して本を読んでこなかったツケですね。Kindle三国志を買ってあるんですが、読破に何年かかるのだろうと先が思いやられます。

さてこの本は、簡単にいうと『失敗の本質』という本を『孫氏とクラウゼヴィッツ』という本の観点から解釈し直すというものです。両方とも読んだことがあり、どちらも良い本だったので今回この本も読んでみたのですが、『失敗の本質』『孫氏とクラウゼヴィッツ』を読んでいなかったらよくわからなかっただろうと思います。で、『失敗の本質』は太平洋戦争(この本の言い方だと大東亜戦争)で日本軍のターニングポイントとなった戦いを考察するという本です。なのでこの本も太平洋戦争が題材なわけですが、『失敗の本質』は組織論的な視点で書かれているのに対してこの本は軍事理論的な視点で書かれているのでテイストがちょっと違います。本家『失敗の本質』より緻密さに欠ける部分があるなと思ったり、所々日本語がおかしいなと思ったりしましたが、全体的には面白い本でした。

孫氏やクラウゼヴィッツに比べて、当時の日本軍には理論的に物事を考えられる人間が少なかったのだろうなと思います。曖昧な目的で戦争を始め、途中からは戦争を続けること自体が目的になり、最後は名誉の戦死を強要するなんていう一連の流れを、論理的に正しいと説明できる人間がいるんでしょうか。筋の通らない話が世の中に蔓延るというのは、非常に危険なことだと思います。

一方で、孫氏やクラウゼヴィッツはこう言っているからそれに従うのが無条件に正しいというのも危険で、盲目的な信奉は結局戦前の日本と同じことをやっていることになります。古典というのは理解されるべきものであり批判されるべきものであると思います。

それにしても最近、読む本が偏っていたので、今度は全然違うジャンルの本を読もうと思います。たまには小説でも読むかな。

戦略的思考とは何か 改版

Kindleのセールで安かったので買いました。タイトルだけ見て、戦略の教科書的なものを想像して買ったのですが、中身は1980年代の日本の国家戦略を論ずるものでした。思ったのと違いましたが、「日本が今後資源を割くべきは国防と教育だ」と主張している割にどちらにも詳しくない私としては読んでおくべき本でした。ちなみに、著者の岡崎さんは外務省の方で軍人ではありません。
この本は主に日清戦争〜冷戦後期の日本の歴史を概観したあと、今後の国防のあり方について提案します。日本が考えるべきはアングロ・サクソンとロシアの二極のどちらに付くべきかなのだとか、米国とソ連を比較して日本の防衛に足りない分を日本が補えば際限のない軍備拡張はあり得ないとか、とてもシンプルで理論的な主張が展開されます。常日頃考えていることに似たところも多く、理論的に整理するとこうなるのだな、と思いました。
この本を読んで感じたのは、まず情報を客観的に判断する大切さです。こうあって欲しいという願望とか、こうなるはずだという思い込みとか、あるいはこうあるべきだという価値判断とか、そういうものが正確な判断を阻害するのだということを改めて思いました。国家という単位で戦略を考えるのであれば、そういうものを排除して「自分の国はどういう状況に置かれているのか」を客観的に把握する必要があります。別に国家じゃなくても、何か判断する際には必要な姿勢です。
あと国防という観点でいうと、この本が書かれたのは1982年で冷戦の真っ只中、日本の脅威というのはほぼソ連のことで中国には重点を置いていません(ソ連の軍事行動を制約する存在という扱いです)。しかしながら、こんにちの情勢を考えるにあたっては、各国の保有戦力に詳しくないですが中国の存在は無視できないと思います。ロシアよりも中国なのか、米中露の三極構造なのか。一方で、どのような構図を想定するにしろ中露は日本の領土を露骨に欲しがっているのですから、アングロ・サクソン勢力と結んで国土を守るという戦略の基本は当時と変わらないはずです。適切なコストを負担して、国民の生活を守れる体勢を整えておくべきと思います。こういう議論は好まれないですが、必要な議論です。
あとこの本のあとがきで、
戦前は中学生といえども「陸奥」「長門」が三万三千トンで十六インチ砲を持っていることと、それが及ぼす軍事的政治的意義を正確に把握していたが、いまはバックファイヤーのSSー20のと言っても、何のことかわからない。
とあるのですが、本当に何のことかわかりません。誰か良い本教えてくれませんかね?

ぞうきんとシートが使えるフロアワイパー

なぜだかわかりませんが床がベタベタします。

娘が食べ物をそこら中に飛ばしまくるからでしょうか。

 

最初はフロアシート(いわゆるクイックルワイパーみたいなやつ)を使っていましたが、

どうにもベタベタが落ちないので、シートでなく濡れ雑巾をワイパーにつけて拭き掃除するようになりました。

これで結構ベタベタが落ちるようになりました。

 

そのうちに電解水というのがいいらしいと聞いたので、

床に電解水をスプレーしてから濡れ雑巾をかけるようになりました。

効果はばつぐんで、フロアワイパー+濡れ雑巾+電解水が標準になりました。

 

雑巾はこれ

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電解水はこれ

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を使っています。

 

今回はワイパーの話です。

もともとカインズかなんかで買ったシート用のワイパーを使っていたのですが、

雑巾に替えた時に、負荷が大きかったのでしょう、根本からボキッといきました。

独身時代から6年くらい使っていたので、仕方ないと思います。

 

それで新しいのを買うことになったのですが、

どうせ買うなら雑巾をつける仕様のワイパーが良いなと思って探してみました。

そしたら激落ちくんシリーズのワイパーが見つかりました。

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雑巾も電解水も激落ちくんなので相性が良いだろう(?)と思い買ったのですが、

思ったほど相性が良くなかったです。

・柄がジョイント式なので縮んだりしないだろうと思っていたらグネっと曲がった。

・雑巾の取り付けクリップが下の写真の通りシート留めより内側にあるので、

 雑巾のはじっこが丸まってイラッとした。

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それでも何とか使っていたのですが、

最終的には娘が柄をガチャガチャやって遊んでいるうちに根本からボキッと折れました。

最初はあーあ、折っちゃった、と思っていたのですが、

考えてみれば1歳4ヶ月の女の子が少しいじったくらいで折れるのですから、

遅かれ早かれ折れていたのではと思います。

 

ワイパー2本オシャカにして、3度目の正直ということで、前にも増して慎重に選びました。

最終的にはこれに決めました。

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安いというのもありましたが、決め手はクリップがシート留めよりも外側にあることです。

先日届いたので、今日の掃除で使ってみました。

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大満足でした。

やはりクリップの位置は重要です。雑巾が丸まらず、イライラが全くありませんでした。

柄がジョイント式でなく伸縮式だったのでかけている間に縮んでこないか不安でしたが、

しっかり留まっていて問題ありませんでした。

あと意外と重要なのだと気がついたのが、底面のつくりです。

今まで使ったものと比べて厚いのでしょうか、床に吸い付く感触があります。

これまで何回か擦らないと落ちなかったような汚れも一回で落ちるようになりました。

 

というわけで、床掃除するならフロアワイパー+濡れ雑巾+電解水

フロアワイパーを選ぶ時はクリップの位置と柄の構造と底面のつくりに注目することをお勧めします。

渡辺恒雄 戦争と政治

NHKオンデマンドというのを初めて使ってみました。

www.nhk-ondemand.jp

先日テレビをつけたところ「渡辺恒雄 戦争と政治」というのをたまたま放送していて、最後の20分くらいを観て、これはおもしろい、最初から観ていなかったのが悔やまれる、と思っていたものが、そういえばネットで見られるのではと思って探したところ、あったので観てみました。
番組の中身を語る前にNHKについてです。英語であそぼを筆頭に非常にお世話になっていて、番組の質もテレ東と双璧をなす程の高いレベルだと思っていますが、番組の質以外は最悪ですね。最初にNHKの集金に合ったときから思っていたのですが、番組以外は最悪です。今回NHKオンデマンドでこの番組を探したところ、NHKには年間2万円以上の受信料払っているにもかわらず視聴は有料ということ。腹が立ったので一旦は観るのをやめたのですが、妻に観たいなら観た方が良いよと説得されて、自分自身見たい気持ちがあったので、悔しいですが220円払って視聴しました。220円払うにも、普段使っているクレジットカードが何故か使えないなど腹の立つ経緯があったのですが、我慢して何とか視聴までたどり着きました。
滅茶苦茶面白かったです。
普段それほどテレビを観るわけではないですが、今年見たテレビ番組ではトップになることでしょう。
渡辺恒雄って良いイメージなかったのですが、イメージ全く変わります(いい人だとは思いませんが)。彼のバックグラウンドを知ると、ことばの重みや迫力が違ってきます。新聞記者が政治、外交を動かしてきたという事実は、民主主義とは何か?を改めて考えさせられます。そしてまた戦後の世論とそれを受けた政治家たちは、戦争体験を紐帯として、反戦を軸に政治を展開してきたのだということがよくわかります。中曽根康弘ですらその流れに位置するのだ、というのは衝撃でした。
この番組が最終的に焦点を当てていたのは、戦争を知らない世代が大多数を占めるようになり、戦争体験という紐帯を失った現代の日本においては、何が根本的な価値観になるのか、ということです。最後にその問いかけを投げて終わりにするという投げっぱなし戦法を取った番組でしたが、この問いはなかなか答えづらいものです。というか、現時点で私の中には答えがありません。2000年以降、考えつくだけでも同時多発テロリーマンショック東日本大震災、コロナと大きな節目はあるのですが、これらが日本国民の価値観、日本の今後の展開を決定的に方向付ける出来事か?と考えると疑問があります。多様性の時代と言われる昨今、そもそも一つの出来事を基盤とした価値観の共有がありうるのか?というのも思います。戦争体験などというものは、詰まるところ持っていない方が良いに決まっていますが、それを持たない現代の日本人に連帯は有り得るのか?
こういう時代だからこそ、一人一人が歴史を学び、想像力、思考力を働かせないといけないのだと思います。現下の環境を踏まえて、国という単位で自分たちはどうあるべきなのか?
戦争を学ぶことは、現代を学ぶことです。自分のあり方を考えることです。今後、何を軸に日本という国が展開されていくのかわかりませんが、少なくとも依然として過去を知ることの重要性は変わらないのだろうなというように思います。

On Your Mark

スタジオジブリの短編映画です。

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チャゲアスの楽曲とのコラボレーションで、MVをアニメで作ったようなかんじです。

ジブリのサントラ?を買ったときにこの曲も入っていたのですが、

曲だけ聞いたときは耳には残るもののあまり好きにはなりませんでした。

先日どこかでこの映画について書いてあるのを見て、

そういえばまだ観たことなかったなと思い出したので観てみました。

 

あらすじや解説はネット上でたくさん見られるのでそちらをご覧いただくとして、

私はただただ感想を書き連ねていきますが、

第一印象は「宮崎駿ってこんな映画も作るんだ」です。

ジブリ映画は人並みに観るし、三鷹の森も2回行っていますが、

この映画の世界観は他の作品とちょっと違います。

無理にジブリ映画で言うとナウシカとかラピュタに近いですが、

それよりもエヴァンゲリオンとか攻殻機動隊に似ていると思いました。

もっと言うとブレードランナーとか?

それだけでも新鮮で、観る価値があると思います。

 

 

ストーリーははっきり言ってよくわかりません。

明るい話なのか暗い話なのかもよくわかりませんでしたが、

観た後は何となく爽やかな気持ちになりました。

意味深げな描写はたくさんあるので、いろいろと考えてみるのも面白いですが、

エヴァンゲリオンなんかと同じで、考えると面白いけど考えても仕方ない、

みたいな部分がある気もします。

なのでまずは何も考えずにご覧になることをお勧めします。

直感的に感じられるものがあると思います。

 

宮崎駿は「もう長編映画作らないもん!」と言って引退してしまいましたが、

短編はちょこちょこ作っていますね。

本作は『耳をすませば』と同時上映で劇場公開されたらしいですが、

今後ジブリ映画の長編と一緒に宮崎駿の短編が劇場で見られないかと期待しています。

それにしても本作と『耳をすませば』を劇場で同時に観るって、満足度は凄かったろうなあ。

『夜と霧』

第二次世界大戦や太平洋戦争は人類にとってどういう意味があったのか?というのが私の中で結構大きなテーマになっていて、この本も読まなければと思っていたのですが、後回しになってしまっていました。終戦の日の前に読み終わってよかったです。
邦訳版のタイトルがあまりにも有名ですが、原題は『或る心理学者の強制収容所体験』というらしいです。内容は原題の通りで、心理学者である筆者がナチス強制収容所体験を心理学の立場から可能な限り客観的に記録する、というものです。体験した者と体験していない者にあるあまりに大きな間隙を少しでも埋めるために、という思いで著された本です。
現実とは思えないような強制収容所の環境が生々しく描かれ、心理学者の目から見た人間の心の動きが記録されています。フランクル自身も被収容者でありながら、よくここまで客観的に分析できるものだと思います。それでも、心を抉られるような記述がでできます。「わたしたちはためらわずに言うことができる。いい人は帰ってこなかった。」「どんな夢も、最悪の夢でさえ、…(中略)…収容所でわたしたちを取り巻いているこの現実に較べたらましだ」「とくに、未成熟な人間が…(中略)…今や解放された者として、今度は自分が力と自由を意のままに、とことんためらいもなく行使して良いのだと履き違えるのだ」
最終的には、人間の生き方とはどうあるべきかを問いかけ、人間らしく生きることはどのような状況であっても可能なのだ、と言います。「最期の瞬間までだれも奪うことのできない人間の精神的自由は、彼が最後の息をひきとるまで、その生を意味深いものにした。…(中略)…強制収容所での生のような、仕事に真価を発揮する機会も、体験に値すべきことを体験する機会も皆無の生にも、意味はあるのだ」「人間とは、ガス室を発明した存在だ。しかし同時に、ガス室に入っても毅然として祈りのことばを口にする存在でもあるのだ」
この本自体が焦点を当てているのは強制収容所の環境とそれを通して見えてくる人間のありかたであって、それを生み出した社会的な問題などには言及していません。しかしながら、国民ひとりひとりが「人間らしさ」を見失った、自分で考えて判断することを放棄したことからドイツや日本の暴走は始まったのだろうなと思います。そしてこれは過去の話ではありません。人間の歴史から見れば戦争よりも平和の方が異常な状態だということがわかります。現代であっても、平和を手にする、維持するには常ならぬ努力が必要なのです。
戦後75年です。ここにいる方も、恐らく全員が「戦争を知らない世代」でしょう。この時期にこういった本に触れて、人間はどう生きるべきかと考えてみるのも良いのではと思います。